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延寿のプロフィール

本名:延寿孝夫

趣味は、子供たちと電車に乗って何処かに行くこと。

現在、奈良県平群町にて「漢方延寿堂薬舗」を運営しています。

奈良県在住 妻、長男、次男の4人暮らしと愛犬の太郎(柴犬)。


私こと「延寿(えんじゅ)」は、3人兄弟の長男として大阪で生を受けました。

小学生のころは「落ち着きのない子」だったようです。

「延寿」という稀な苗字のため周りからよくからかわれ、正直この苗字は嫌いでした。

24歳のときに薬業界に入りました。

以来、いくつかの漢方薬局薬店に勤務し、気がつくと2015年の今年で32年目となりました。

最初に入社した漢方薬局で漢方薬のイロハを学びました。

その後、大阪の真ん中に店を構える漢方健康相談店で「癌・免疫相談」を基礎から学びました。

くすり、漢方薬以外にも「人間の生活環境からの疾病」や「人の心、気持ちからの疾病」があることを、お客様とのカウンセリングを通し学ぶことができました。

しかし、私の人生も順風満帆ではありませんでした。

結婚をして少し経ったころ「目」に難病指定を受ける重い病気を患いました。

病名は「網膜色素変性症」で、色々と治療を試みましたが治らず、視覚障害者となってしまったのです。

写真をご覧になってもわからないと思いますし、実際に初対面の方にも外見ではわからないため、ちゃんと説明しないと驚かれることもしばしばあります。

私が視覚障害者となったころには、既に父は寝たきりとなっていましたし、家族への責任と自分の未来を一気に砕かれたようで、大きな絶望感を体験することとなりました。

そして数年後、追い打ちをかけるように、母が癌という病魔に襲われたのです。

重度の視覚障害、寝たきりの父、看病疲れで癌となった母・・・それでも私たちは何とか頑張りました。

父も母も孫の顔を早く見たかったでしょう。

しかし時は止まらず、一旦回復した母も力尽き天に召されました。

そして、・・・49日の日に父も母の後を追いました・・・。

父も母も痛みと苦しみからようやく解放されたのでした。

その後、私たち夫婦に待望の長男が生まれました。

そして、二番目も男の子を授かりました。

ただ、その次男は少し体が弱かったため、3年くらいは大変な育児を経験することになったのです。

このときには、男性には出来ない女性(妻)の子供に対する愛、力強さを痛感しました。

そんな経験から、最近の乳幼児の虚弱さや、薬に頼りすぎる傾向が今も心配でなりません。

自分の視覚障害、父と母の早すぎる病死、そして大変な育児経験・・・

天は、私に何を求めているのでしょうか。

「命の重みと尊さ、人間の快復力の素晴らしさ、家族愛」を身に沁みながら、漢方薬局での相談業務に真摯に取り組みつづけています。

そして、今では「延寿」という名が「天命(名)」だと感じるようになりました。

このサイト「がん克服 生還への道」を通じて、私の経験と知見が一人でも多くの方のがん克服に役立てば本望です。

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