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肺気腫から奇跡の快復

当サイト「がん克服 生還への道」は、その名の通り「がん」に関する情報や、私の長年の相談経験から印象に残った「がん患者さんの事例」がほとんどです。

しかし、実際にはがん以外にも様々な病気の相談を承ってきましたし、現在勤務する漢方相談薬局でもそうです。

そんな様々な病気のご相談の中から、私の大変身近な友人のご家族の事例を「奇跡の生還・・・肺気腫」というページでご本人の体験談として掲載しています。

たまたま、その記事をご覧になってご相談をいただいたのが、今回ご紹介する京都府のNさんです。

Nさんのお母様は約20年前に肺気腫と診断され、その後様々な症状や疾患に見舞われ、山あり谷ありながらも、お嬢様の献身的な看護のもと過ごされてきました。

しかし、今春になって肺気腫が悪化し「病院では治療の手立てがない!」という状況となり、わらをもすがる思いで私のホームページにたどりつかれ、ご相談を承ったのです。

そして、お母様は奇跡的な快復をされたわけですが、今回はその事例をご紹介します。


Nさんのお母様71歳 女性

約20年前に肺気腫と診断される。

しかし、軽度なのでさほど自覚もなくタバコも止めないままの生活を続けられていたようです。

また、当時は現在と違い情報もあまりない時代で、肺気腫がそんなに怖い病気だという意識はほとんどなかったそうです。

その後、お母様が58歳の時「若年性認知症」を発症されました。

認知症は、軽度といっても快復することは稀なのですが、お嬢様の愛情と知恵と勇気でお母様の生活環境に変化を取り入れた看護のもと見事に快復されました。

例えば、一人暮らしで他の人との交流が少ないお母様とNさんは、カラオケの楽しさを2人で分かち合うことにされたとのことです。

お母様は、あまり歌うことに興味はなかったそうですが、2人でカラオケ教室に行き、2人でカラオケのDVDを見て歌い、発表会にも参加されたそうです。

すると、お母様も徐々に歌う喜びを感じるようになり、外に出る機会が増え、喋ることも多くなり、次第に認知症が快復したのです。

これまで多くのご相談を受けてきましたが、普通は、身内の方が病気になられたとき、その方のために「これがいいよ」「あれをしてみれば」とアドバイスはされますが、一緒になって実行される方は少ないです。

真の看護ケアとはこのことなのでしょうか。

さて、認知症から快復された喜びもつかの間、今度は多発性脳梗塞、その後は大腿骨骨折と何度も辛い日々を送られたそうです。

その度に、お母様はNさんの愛情一杯の看護により快復されたのです。

しかし、2014年2月ごろから体調を崩され体重も減り、京都の病院に入院することとなりました。

担当の医師に痩せる原因を尋ねると、

「肺気腫が原因です。肺はエネルギーをよく使うところなので痩せるのでしょう。」

と、理解しにくい返答。

Nさんは「はっきりした原因がわからないのかなぁ・・・」と思ったそうです。

その後、3月7日に奈良の病院に転院されましたが、すでに医師からは「末期」の言葉が・・・。

体重も28kgになり、血液中の酸素濃度も70台、肋骨もくっきりと見え、何かあっても心臓マッサージができない状態にまでなられていたそうです。

医師からは「Nさんのご兄弟も集まってお話をされていた方が・・・」とのこと。

しかし、当のお母様は意外と意識もしっかりしていて食欲もあったのです。

そして、お母様の持ち前の快復力とNさんのの手厚い看病と思いが通じたのでしょう。

4月20日に無事退院となり、

「母の日がみんなで迎えることが出来ればよいのにね。」

と、話をされたそうです。

しかし、母の日は無事に過ぎたものの、約一週間目の5月19日緊急搬送で再び入院。

入院時の状態は、言葉にすれば肺はスカスカで熱もあり食欲はなく、チアノーゼや胸水もあったそうです。

医師曰く、

「今は、細い管で何とか息が出来ている状態です。」

また釘を刺すように、

「もう積極治療はありません。」

Nさんも今回ばかりは肩を落とし、一時は途方に暮れたそうです。

しかし、いつもの持ち前の前向きな性格で「まだ、何かがある!」

親戚、友人、知人と色々な情報を収集され、そして私のサイトにたどり着かれたのです。

お話をしてみると、Nさんはすごく前向きな方で、あたたかく、心の広さを感じました。

そして、絶望的な困難にも知恵を絞って向かって行く強さをお持ちで、逆に私が元気をもらうような方でした。

とにかくお母様の状況をお伺いし、植物発酵食品と酵素飲料、亜鉛食品を選択してお届けする手配をしました。

肺気腫によって破壊された肺胞は元には戻りません。

しかし、私が選んだ3つを組み合わせすることにより、身体全体の治そうとする力を養っていくことができると判断しました。

そして、各臓器や血流の働きが良くなり、肺胞が死んでいく速度を遅らせたり、肺が潤い働きが良くなることで呼吸も少しづつ楽になり、食欲が出てくることを期待しました。

ただ、客観的に見て大変厳しい容態なので、心苦しいのですが自己責任のもとと了解をいただきました。

また、医師にも「Nさんが確認し飲みやすい健康食品だったら」と了解をいただきました。

始めの2日間は少しの量で、3日目からは量を増やしていかれました。

お母様の意識はもとからしっかりしていたのですが、4~5日目から食欲も出てき始め、身体のだるさもとれてきたそうです。

そして、10日目ぐらいには熱も下がり、2週間後には呼吸も楽になり、なんと24日目には退院する運びとなったのです。

医師は、「もう病院から出ることはないのだろう。」と思っていたらしく、これには驚かれていたそうです。

奇跡の生還とはまさにこのことでしょうか。

この奇跡を起こさせたのは、私とのご縁も少しはあるかもしれませんが、お母様の生きていこうとする強い気持ち、そして何より、Nさんの心温かい看護ケア、言葉だけではなく一緒に目標を持って寄り添う姿勢が功を奏したのだと考えます。

Nさんの強い想いと行動力には頭が下りました。

お母様のご容態はまだまだ予断は許しませんが、現在はケアの行きとどいた施設に入り養生されているそうです。

Nさんは、先日カラオケ発表会用の赤いドレスを着てお見舞いに行かれたそうです。


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